芝居したり武道やったり踊ったり勉強したり。
戦国時代は苦手ですがワタクシ蒲生氏郷結構好きなのです(笑)
なんたって会津藩初代藩主でございますよ。鶴ケ城を作った方ですよ。
遺髪塔が会津若松市内にあります。キリシタン大名としても有名で会津の「レオ南蛮館」は彼の資料館です。
極彩色でびっくりしますよ。お茶も嗜む風流人であったようです。40歳程で京都にて病没。
あの時代には珍しく側室を持たなかった武将です。奥様は織田信長の次女・冬姫です。
幼い頃人質として織田家で暮らし、冬姫を娶ったのでした。
冬姫は信長に激似で怖かったから側室がいなかったとか・・・だったら面白い(笑)
この氏郷の小姓が名古屋山三郎と言って、かなり美男子であったとか。阿国の恋人という説もあり、歌舞伎を広めたとかなんとか。信長の親戚筋らしい。
女性を巡り山三郎と豊臣秀次の小姓・不破伴作(この人も美形だったらしい)が争うという話もある。
いい男が女を取りあうんですよ。しかし小姓にそんな暇があったのかどうかは・・・。
山三郎は氏郷亡き後、森忠政に仕えます。そうです!森さんです(笑)
蘭丸の一番下の弟です。兄達が討ち死にしていく中で彼は立派に大人になりました(涙)
この方の奥様は山三郎のお姉さん。お~森家と親戚じゃないですか!
山三郎は家老と諍いの末斬殺されたそうな。
因みに不破伴作は秀次が秀吉に謀反嫌疑をかけられ切腹した際に殉じています。享年17歳(多分)
この氏郷周辺の話は先日紹介した河村恵利の漫画に何篇か載っています。
ワタクシ的に会津と森家がなんとな~く繋がっていて嬉しい。
うろ覚えで書き綴ったので間違いがありましたらご指摘下さい。
それにしても小姓って雇う側からすればやっぱり美形がいいんですかねぇ?
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小姓は
ワシが武将なら見目麗しくない者を毎日見ていたくはないぞ。
ま、もちろん顔がいいだけじゃ話にならんけどな(笑)
福 URL 2007/06/04(Mon)16:55:12
Re:小姓は
顔良くて、仕事出来て・・・超理想男子を囲って(爆)いた武将って贅沢だ。
【2007/06/04 22:26】
無題
名古屋山三って、いろっぼいイメージがあるなぁ。
でも、刀はなかなか使い手だったって聞いた気がする~。小説の知識だなこりゃ。
K条 2007/06/04(Mon)20:04:34
Re:無題
んでもって浮名も相当流したらしい。う~ん殿が死んでしまってがっくりきてしまったんですかねぇ。
不細工は捨てられちゃうんですね。ポイッとな。
【2007/06/04 22:29】
秀吉と小姓
美形の小姓の件、昔はいわゆる『衆道』はメジャーでしたからね・・・。武田信玄が、その仲だった高坂弾正に対して出した、連綿とした詫び状が残っているくらいです。
それに他の国からの使者、つまり外交使節に対する儀礼的な部分もあったみたいですよ。美形の人間が接したほうが、国の評価も上がるだろ、みたいな(笑)。
ちなみに、美形の小姓を多数抱えながらこの『衆道』になぜか興味がなかったのが秀吉です。
ご存知かもしれませんが、有名なエピソードが。
近臣たちが『本当に男に興味はないのか?』と、極めて美形の若衆を小姓に差し出したところ、ある日彼にお呼びが。周りは皆『これは!』と思いましたが、呼び出した用件は『お前に姉妹はいないのか?』という質問だったという・・・。
徹底して女好きだったようです、ハイ。
まさみつ 2007/06/05(Tue)17:44:17
Re:秀吉と小姓
や、やはり美形の方がウケがいいと(笑)まぁそれは今でも変わらないですもんね。
>近臣たちが『本当に男に興味はないのか?』と、極めて美形の若衆を小姓に差し出したところ、ある日彼にお呼びが。周りは皆『これは!』と思いましたが、呼び出した用件は『お前に姉妹はいないのか?』という質問だったという・・・。
あ、これは私知らないです。おねと恋愛結婚だったり、衆道に興味がなかったり・・・当時は「変わり者」って感じだったのでしょうね。
女好きにも程がある(笑)
【2007/06/05 22:44】